シュウカツチュウ

就活生です。思ったことを書き留めたいと思います。

「知らないこと」を知るということ

面接とかESとかで、「お客様との信頼関係を〜」とか「人に対する思いやりを持って〜」とか言ってるわたしは多分、なーーーんにも分かってないんだろうなって思いながら、そういうセリフを吐いてる。

でも、無知の知っていう言葉があるように、なんにも知らないってことをわたしは知ってる(偉そう)

 

まだ社会に出たことがないお子様が、何を言ったって学生のたわ言にしかならないよ。

例えば、コミュニケーション能力とか、リーダーシップとか、社交性とか、いくら自信満々にアピールしたって、学生生活でうまくいったことが、ビジネスのシーンでうまくいくとは限らないよ。

 

だけどそれがだめってことじゃなくて、ちゃんと数年後の自分を想像できてるかってことなんだと思う。

どういう目標があって、どういう努力をしていくかってことだと思う。

それが将来性でもあって伸びしろでもあって、そういうところを大人は見てるんじゃないかな〜と思う。

偉そうには言えないけど。

 

理想の人

寛大な人になりたいなって思う。

寛大っていうのは、つまり思いやりとか優しさだと思うんだけど、単に受け入れるとか許すだけの優しさじゃなくて、正しい方向に導いてくれるような力がある気がする。

だめなところを「だめだね」って言ってくれるみたいな。

主人公が幸せになるということ

少女漫画とか恋愛ドラマでよくある、主人公が幸せになるためだけの演出がきらいだ。

例えばだけど、好きな人の好きなところを、わざわざ自分のことを好きな人の前で言わなくていいんだ。

振られる側の気持ちは考えたか?

いろんな人を傷つけて、やっと幸せになれる世界なのか。

 

なんの罪悪感もなく、最後に幸せだけをかっさらっていく主人公、ずるくないか。

そんなのハッピーエンドじゃないと思う。

わたしはいやだぞ。

 

少女漫画は道徳の教科書じゃないから、「全員が幸せに」なんて正義をわたしだって求めてないよ。

だけど、主人公の幸せのためにいろんな人が傷ついて悲しんでるってことを、筆者はもちろんだけど読者のみんなも忘れちゃならないのだ。

誰目線だよって思うかもしれないけど、わたしは納得がいかない!

夢をあきらめること

小学校の文集で「絵かきさんになりたい」って書いたのを思い出したら泣けてきた。‬

小さなころから、ずっとそれが夢だったから。

絵を描くことで食べていきたいと思ってたから。

今わたしは、それとは全く違う道に進もうとしてる。

 

絵を描くのって果てしない。

終わりがない。

だからやめたくなる。

あきらめたくなる。

だけどふと戻って来たくなる。

わたしはこれからもきっと美術の世界の住人にはなれない。

だけど、戻って来れる隙間をどうにか空けておこうってどこかで考えてしまう。

結局あきらめきれない。

あきらめられないくせに、本気で目指す覚悟もできずにここまで来てしまったんだな。

 

子供のころのわたし、ごめんね。

わたしは今その夢をあきらめようとしてるよ。

もっとちゃんと目指せばよかった。

覚悟すればよかった。

今からでも遅くないのかな。

でも、今のわたしじゃ、全然だめだ。

ごめんね。

自分のこと好き?

自分のこと嫌いになったり好きになったりして忙しい。

でも、嫌いの次には好きがくるから、嫌いなときは好きになるための準備をしてるんだなって考えるようにしてる。

もやもやする時期も必要だと思う。

 

小さい頃は、「自分のこと好き?」って聞かれて好きって答えるのは恥ずかしいと思ってた。

うわ〜ナルシストかよ〜みたいな、小中学生にありがちなノリで。

今はそうじゃなくて、「なんで?好きだよ〜」って、平然と言えちゃう人生がいいと思う。

プリント失くし常習犯

実習の書類探してたら、小中学生のときに泣きながら何かのプリントを探してたの思い出した。

よほど重要なプリントだったんだろうけど、見つからなかったらこの世の終わりだと思ってた。

 

そんなことでは世界は終わらなかったし、大きくなっても全然変わってないな。

優しさって

自分の優しさが、本当に相手にとって優しさなのかなって思ったりするなあ。

相手にとって優しさじゃなかったら、たぶんいらない。

さみしいこと言ってるかもしれないけど、これは本当に相手にとって必要なのかなって考えるところまで、全部含めて優しさなんじゃないかと思う。